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FC琉球オフィシャルサイト・リニューアル記念 髙田×トルシエ 対談

髙田延彦×フィリップ・トルシエ 対談 コーディネーター:FC琉球 金子達仁

左:金子達仁 中:髙田延彦 右:フィリップ・トルシエ

金子(以下金):本日はFC琉球公式サイト・リニューアル記念ということで、トルシエ総監督と髙田延彦さんのビッグ対談をしこませていただきました。まずは元スポーツキャスターの髙田さんに質問の口火を切っていただきましょう。


髙田×トルシエ 対談スタート

髙田(以下髙):わかりました……「元」っていうのが一言よけいだけどね(笑)では、トルシエ総監督、よろしくお願いします。
トルシエ(以下ト):よろしくお願いします。髙田さんとサッカーだけでなく、スポーツ全般についてお話できる機会を頂いて大変光栄です。

髙:私はサッカーの経験もないですし、あるいは見る方もテレビで代表クラスのオンエアを見る程度なんです。ですので、もし失礼な質問があったらお許し下さい。

まず私のようなビギナーも含めて、2002年の日韓W杯を知っている日本のサッカーファンは、日本代表を初の決勝トーナメント進出、W杯ベスト16に導いてくれたトルシエ・ジャパンのイメージがいまでも強いのですが、日本代表の歴史を築いたトルシエさんから見て、いまの日本代表はどう映りますか? あの時の日本代表と比べて、良くなっていますか、悪くなっていますか?また強くなっているのか、弱くなっているのか? そのあたり、どう思われますか?

ト:日本代表チームとともに過ごした4年間を思い出しますね。チームの強さというのは、何か具体的な功績を元に評価が下されるものです。私個人に対する評価というのは2002年のワールド・カップで予選を生き残ったことに対してなされており、それが皆さんの記憶に残っているわけです。そして、トルシエ・ジャパンが現在岡田監督率いるチームより優秀だったかどうかについてですが、日本代表はサッカー界全体のレベル向上というものが当然ありましたから、おそらく岡田ジャパンの方が優秀だと思います。なぜなら若い世代は前の世代のオーラと経験を恩恵として浴びているからです。岡田ジャパンに現在残されている課題は大きな功績を挙げることのみ。当面としては2010年のW杯出場を決めることですね。私としても日本代表の進歩を願って岡田さんへ声援を贈りたいと思います。



髙:2002年にすごいインパクトを残したトルシエさんが、6年の時を経て再び日本に戻ってきました。それもなんと、FC琉球の総監督として。日韓W杯では、自分のカラーやコンセプトに合った選手を招集してチームを編成しましたが、今回はまったく違う次元だと思います。クラブチームであり、しかも、まだJ1まで距離があるJFL。そのFC琉球を強いチームに作り上げていくなかで、今後5年間は代表時代と異なるチーム作りになると思いますが、どう違うのでしょう?

ト:代表チームの監督でいることとクラブチームの監督でいることには、確かに違いがあります。例えるならタクシーの運転手とトラックの運転手の違いのようなものです。使う技術は同じでもメンタリティがまったく異なるということです。つまり、代表チームの監督は戦術、大会、対戦相手に対する対策に重点を置き、選手たちに対してはその地位にふさわしい最良の環境が与えられます。そこではチームを目前の試合で勝利に導くということのみにほとんどの時間を割き、準備についてはまったく考慮しません。クラブチームの監督は週末の試合に向けて月曜、火曜、水曜、木曜…と準備を進めていかなくてはならないのに対し、代表チームの監督は木曜日から仕事をやるというかんじです。つまり試合のためだけに用意された段階を担当するということですね。私にとって、仕事としてはどちらもさほど変わりがありません、実現方法の違いに過ぎませんから。ただし、代表監督時代にはあまりしなかった準備というものに対して、もう少し注意深くなる必要はあるでしょう。

もう一点明確な違いは、代表監督というのは150人もの選手から選択可能であり、試合ごとに選ぶことができるのですが、クラブの監督というのは自チームの25人から30人くらいの選手が対象であることです。もし、誰か選手の調子が良くないとしましょう。代表監督なら別の選手を選べばよいのですが、クラブの監督はその選手を利用するための戦術を考え、活用方法を試してみなければなりません。これはたいへん大きな違いです。



髙:やりがいという点については一緒ですか。

ト:私にとってはどちらも同じです。FC琉球の監督をやるにも代表チームの監督をやるにも、同じ情熱を傾けますし、最善を尽くすことも変わりありません。それにFC琉球の選手であろうが代表チームの選手であろうが、私からの情報を吸収する能力のある選手という点は同じです。とにかく、フロントから私への期待、サポーターの皆さんのFC琉球への期待という点でも、このエキサイティングな任務に対して私は代表時代と変わらないプレッシャーを感じています。

髙:いつもトルシエさんは闘っているというイメージがあります。険しい表情で、こう大きなジェスチャーで、常に闘っている怖い指揮官というか、熱い指揮官というか、そういうイメージがひじょうに強いんです。だから我々の印象にも強く残ったし、歴代の日本代表監督のなかで最も強いイメージを持たせてくれた監督というイメージは、そういうところから来ていると思うんです。それだけ大きな任務を担っているからでしょうが。日本代表、FC琉球での監督業は楽しいですか。

ト:楽しみというのは、選手が応えてくれたときや、環境から与えられるものです。またFC琉球のスタッフが、いま私のためにしてくれているような働きから得られます。その喜びというのは最上のものですが、この仕事の喜びというのは往々にして苦しみのなかからできあがってくるものです。喜びが長く続くということもありません。ほんの短い間、例えばゴールが決まった瞬間、勝利を得た瞬間はたいへんな喜びですが、勝った2時間後には次の試合、次の練習、次の対戦相手のことを考えなくてはいけないのに気づく、という具合ですね。それだけプレッシャーのある難しい仕事といってもいいでしょう。ですから完全にそれらのことを忘れるよう数日の休暇をときどきとるというのも大切です。監督にとって日々のプレッシャーというのは相当なものですから。

髙:なるほど。これもひじょうに聞きたい質問だったんですけど、2002年のトルシエさんと、2008年の、これからのトルシエさんというのは同じですか、あるいは違うんですか。

ト:私は変わりません。というのも、相変わらず同じ妻だし、車も友達も同じですから(笑)。結局、10年、15年、20年経ったとしても、私は同じやり方、同じ仲間たち、同じ概念を大切にするのだと思います。おそらく細かな点では変化もあったかもしれない。例えば、ある点については我慢強くなったけど別の点についてはもっと反発するようになったとか。でも、基本は変わってないと思います。いつも全力を尽くして物事を前進させるし、与えられた課題を乗り越えようとしています。いまはプロのチームを作るというメッセージを伝えようとしていますが、それには私が私の体で表現し、私の攻撃性、感情、欠点、長所、そういったものすべてを用いて表現しなくてはなりません。

髙:トルシエ・スタイルは変わらないということですね。

ト:はい。ここへ呼ばれたのも、私のなかの変わらぬエネルギーを役立てるためだと思っています。いま、この沖縄に存在するトルシエは、人々に目的達成を信じてもらおうという人間であり、まさにそのエネルギーを伝えようと私はメッセージを発信しているのです。

そしていま沖縄では、勝つチーム、いい意味で攻撃的なチーム、自信と強い個性を持ったチームを欲している。そのような現代的なサッカーを、私はFC琉球で作っていきたいし、沖縄に強いチームができるんだというメッセージが沖縄のみなさんに伝わって、みんなが我々のクラブを誇りに思えるよう願っています。

髙:わかりました。私はスポーツが好きでして、メディアを通じていろんなスポーツを見ていますけれども、サッカーというスポーツほど選手にサポーターの声援とかエネルギーが強い影響を与えるスポーツはないと思います。そのあたりは沖縄の人たちもすでに感覚というか肌で感じているとも思うんですけれども、沖縄におけるサッカー熱というのはまだ根付いていないのではないでしょうか。つまり現状は未開というか、これから育てていかなくてはいけない。クラブにとっても、選手にとっても、これからFC琉球が沖縄の地にサッカー熱をぐっと根付かせて、サポーターたちと一緒にクラブを作っていかなければならないと思うのですが、沖縄に熱いエネルギーを作り上げていくなかで、どんなアイデアやプランをお持ちでしょう?

ト:プロスポーツは、お金を払って観に来る観客の前で行なわれる、というのが前提にあります。髙田さんが出ていらっしゃったPRIDEの試合や、音楽のコンサート、芝居といったものと同じように、です。例えばボクシングの試合でまったく観客がいないとか、コンサートでお客さんがまったくいない場合を想像してください。それだと出演者のモチベーションはとても低くなってしまうわけです。

私たちがサポーターの観戦を必要としているというのは、単に応援して欲しいだけでなく、それこそがFC琉球が沖縄のみなさんに大切に思われていることの現れであるからです。満席のサッカー場でのプレーとなれば、選手は自然とサポーターの期待に応えようとしますしね。

そしてチームが結果を出すことで、観る者に熱い気持ちをよび起こすことができ、スタジアムへまた足を運ばせることにもつながります。その積み重ねがあってこそ、人々が我々のプロジェクトを信じようという気持ちにさせることができるのです。 さらにはサッカー場という劇場も必要です。サポーターの皆さんとサッカーの喜びを分かち合える環境、家族と一緒に来て私たちを好きになってくれて応援してくれるための場所が必要なのです。

そういったショー的な部分の充実と良好な環境への配慮があってこそ、クラブというものが成り立つのです。

髙:では、いまの話に付随してもうひとつ。ファンの興味や意識を引き付けるために勝つことも当然必要です。また、スタジアムも必要なのでしょうけど、選手一人ひとりの意識として、技術を磨くと同時に“魅せる”という意識は必要なのでしょうか。それとも、それはプレーヤーとして必要ないものだとお考えですか?

ト:選手やチームというのはオーケストラ、コンサートの編成と似ています。自分の自由というわけにはいきませんし、全体の様式に合わせなくてはなりません。例えば、ベートーベンの交響曲第5番を演奏しようというときに、ジミー・ヘンドリクスがギターのソロをやるわけにはいきませんよね。世界一のギタリストであっても、集団がチームワークを実現するためには全体の様式にあわせる必要が出てくるのです。選手に求められるのは、まず全体のやり方に合わせること。それから個人々々が自分の長所を役立てることです。それも選手らの能力です。いつか世界的に有名なプレーヤーを惹きつけるようなクラブになって、そういう選手の貢献が集団を変えていくような形になればいいですね。

髙:なるほど。あのぅ、今日僕が試合見て感じたことなんですけども(対談は3月1日の練習試合 vs ヴォルカ鹿児島戦後に収録)。

例えば、トルシエさんが格闘技にあまり詳しくなくても、1日10試合、J1クラスじゃなくてJFLクラスの格闘技のイベントを見たとして、10試合見たら必ず目につく選手っていると思うんです。ヘタでもいい、強い気持ちが凄く伝わってきたとか、その逆もありますよね。あれだけの技術をもっているのにもう少しファイティング・スピリットが前面に出てくれば結果がついてくるとか。たぶん、素人なりに目につく部分って出てくると思うんですよ。で、ホントに素人目で見て、しかもあんなに間近でサッカーを見たのは初めてなんですが、今日私が感じたのは、例えば「あの10番つけてる選手は誰?」って名前を知りたくなる選手がいなかったんです。要するに目を引くような選手、目立つ選手がいなかったんです。それはテクニックやパフォーマンスで際立っていた選手という意味じゃなく、90分間のなかで単純に「熱い選手だな」と感じるかどうかという点で、素人の私に興味を抱かせる選手がいなかった。結局それって子供たちや、そんなにサッカーを知らない人が見ても、感じることだと思うし。そういう熱い選手っていうのは必ず光を放っていると思うんですね。で、今日はそういう選手が僕には見えなかったな、と。それと、声は相手の方が出ていたのかなっていうのが僕の印象です。声っていうのは要するに「ああしろこうしろ」とプレーヤー同士が指示を出す、それと連動するんでしょうか。技術うんぬんに関しては全くわからないんですけども、素人にも伝わってくるような何かこうエネルギーというかパワーというか、そういうものが出てくると、何かまた少し変わってくるのかなという気がしますよね。まあ、全く的外れな分析かもしれませんけど(笑)。

ト:いえいえ、たいへんいい分析だと思います。私が選手に求めているのも、攻撃的でいられるための精神力とエネルギーなんです。攻撃的といっても、ボクシングや柔道、ラグビーといったものの攻撃性とはまた違います。コミュニケーションにおいて、戦術・技術面において、もしくは前に行こうという意志、声を出し合おう、意思表示をしようという意志においての攻撃性は、確かに今日欠けていました。

ただ、選手らの弁護をさせていただけば、彼らはここ1ヵ月半、ひたすら厳しい練習とプレッシャーを浴びながらの練習を続けており、疲れもあれば、練習で得た整理しきれていない情報がたまってもいました。十分に自分たちの価値を発揮しきれなかったのです。相手方はもしかしたら今年一番くらい気合の入った試合だったかもしれませんが、我々は疲労しながらも自分たちのやるべきことをやっていくという時期だったということです。私としては、今日の試合はそれでも興味深いことがいくつもありました、もちろん修正は必要ですが。やはり進歩の途上であり、準備中であるということ。それから、ひとつのチーム、戦術を作り上げている最中であり、試みやテストを重ねている段階でまだこなれていないということもあります。習熟していないことが最大の問題だったといえるでしょう。

それにしても、髙田さんの分析は正しい。私の考えともぴったり一致していてびっくりしました。

髙:ありがとうございます。僕ら(金子さんを指して)グラウンドで話していたんですよ。トルシエさんのチームとやる相手は練習試合じゃない気持ちでくる。あのトルシエを倒したい、ギャフンといわせたいっていう真剣勝負で挑んでくるはずです。当然、トルシエさんの率いるFC琉球は、それだけのプレッシャーを背負って戦わなければならないわけですが、逆に言えば練習試合ではあっても、本当にいい実戦ができるんじゃないかって。そういうところにも、FC琉球に与えるトルシエさん効果を感じます。

ト:客観的な分析ですね。確かに我々は今季、フィリップ・トルシエのFC琉球を倒そうとするひじょうに気合の入った相手との戦いを続けていかなくてはならないでしょう。相手チームはもちろん、審判もそうでしょうし、相手チームのサポーターも同様な態勢だと思います。審判は我々のファウルをひとつとして見逃してはくれないでしょうし、常に100%の気合でかかってくる相手に、やはり100%で毎試合戦っていかなくてはいけない。これは新たなチャレンジであり、私たちは攻撃的であると同時に分別がなくてはいけない。なおかつ静かなエネルギーに満ち、平静でなくてはならない。そう、格闘技界の人のように。格闘技の選手というのは、私が思うに日常では髙田さんのようにクールだと思います。そのような静かな力というのも私たちは身につけなければなりません。ピッチではライオンのように、ピッチから出ればネコのようにいるべきではないかと思います。

髙:なるほど。

ト:そこで逆にお聞きしたいのですが、髙田さんたち格闘技界の仕事というのは攻撃性や暴力性を必要とするものだと想像します。私が知りたいのは、極端なエネルギーと攻撃性を求められる格闘技では、個人の性格、人格がどのように関わってくるのか。強いボクサーやファイターであるためには日常でも凶暴でなくてはいけないのか。それとも反対に、日常と試合、ふたつの別々の世界で、自分の態度に対する巧みなコントロールが必要なものなのか、ということですね。

髙:僕は比較的そこまで高いレベルに自分の精神状態を持っていけなかったんですけど、PRIDEでいうと、トップレベルの選手というのはライオンの自分と日常の自分をリングのなかに持っていくことができる。どちらかがアンバランスだといいファイターにはならないですね。ただ獰猛であったり、興奮状態でリングに上がっても、そういう選手は勝てないですよ。ひじょうにバランスよく、冷静かつ獰猛な自分をリングのなかに運び込むことができる、技術論は別にして精神的な部分に関して、ほとんどのトップファイターはそういう精神状態を作りあげることができていると思います。あるいは、もともとそういう精神状態を作り上げることが難しい人は、トレーニングによってそのレベルに近づけていきます。そのためのスイッチの入れ方、切り替えを日頃から鍛錬するんです。

ト:その“スイッチ”を選手たちのロッカールームに備え付けることはできませんかね(笑)

髙:それは、電気屋に行っても売ってないので(笑)。自分のなかでイメージしていくしかないですね。

金:ちなみに髙田さんはウィスキー1本で獰猛なスイッチが入りますね。オートマチックでバトルモード。ファイターです(全員爆笑)。

ト:確かにラグビー選手の精神面の準備などを知る限り、人間はこのようなスイッチを入れないことには試合に出て行けないという感じがします。つまり闘いに立ち向かうために自分を変容させるというような。サッカーは格闘技とは違いますけれども、戦うための準備、人間の心構えという点では学ぶべき面があると思います。サッカーでも、戦う気概、ボールを奪う気持ち、ボールを取りに走る気持ち、最初の対決、最初の誓いをものにするという気概なくしてピッチではやっていけません。それが、いま私が選手に教えようとしているものなのです。

今日の試合は確かにひとつの欠点を示し、その欠点を私たちは克服していかなくてはなりません。ですが私にとっては、例えば3対0で勝つよりはよほど内容が豊かでした。勝っていれば今頃選手を誉めるためにお祝いでもしていたかもしれませんからね。

髙:ヨーロッパのリーグの試合をテレビで見たりしますけど、PRIDEのファイターとまったく同じ匂いがします。それはある意味、PRIDEファイターのトップ選手もそうですけど、サッカーのヨーロッパのトップ選手たちもどう見たって豹だし、チーターだし、獰猛な動物に見える。要はファイターですよ。

ト:そういった選手をFC琉球でもご覧いただけるよう、私の持てる力を尽くしていきたいと思っています。

髙:期待しています! また観戦に行きますので、がんばってください。

ト:どうもありがとうございます。そのときは、きっといい試合をお見せします!